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レイジング野郎

特撮多めの不定期ブログ たま~に関係無いことも

『仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦』感想+考察

白倉伸一郎の"ゴリ押し"

 以下、『「仮面ライダー」超解析 平成ライダー新世紀!』より、白倉伸一郎の談より抜粋。

――平成ライダーは毎年どんどん新しいことをやっていくのが特徴ですが、ここに来て過去コンテンツを有効活用できるようになったのは大発明でしたね。

白倉 たとえば、『龍騎』と『響鬼』と『電王』をひとつのテーブルに乗せて、「平成ライダーとは要するにこうだ!」みたいなくくり方は無理なんですよ(笑)。そうなると逆に「一つの世界観が違うのが平成ライダー」ということを見せるしかないわけで。その手段としては、ちょうどカードが適していたんです。カードって手元に並べられるじゃないですか。そして各々のキャラクターの違いは、「世界観が違うから」ということを一目でわかるようにする。そうやって平成ライダーの"カタログ化"を、カードゲーム(注:ガンバライド)が立ち上がってくるのを利用して番組化したのが『ディケイド』です。「なんでそんなことやったの?」と言われたら「10周年だからです!」って言い切っちゃおうと(笑)

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 先駆けに『龍騎』のハイパーバトルビデオや『電キバ』なんかもあったりするが、本格的に「仮面ライダーのクロスオーバー」を確立化させたのは仮面ライダーディケイドだ。チーフP・白倉伸一郎はそれまでの平成ライダー9作品を"カタログ化"させ、平成ライダーとはこう言うもんだ!」と言うことを伝える為に作ったのが『ディケイド』と言う(今回、スーパーヒーロー達をカードにしたのはそれが理由…なんて事はないか)…でもこれ、結構な力業よね(笑)まるで「異論は認めん!」と言っているような。となると、これをこれまでの春の大戦映画に当てると…

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ファン「何でこんな映画作ったの?

白倉P「仮面ライダー40周年、スーパー戦隊35周年記念だからです!異論は認めん!」
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ファン「何でこんな映画作ったの?」

白倉P「宇宙刑事も特撮ファンの語り種だからです!異論は認めん!」
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ファン「何でこんな映画作ったの?」

白倉P「平成ライダー昭和ライダーが15人ずつになったからです!異論は認めん!」
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ファン「何でこんな映画作ったの?」

白倉P「『仮面ライダー3号』というライダーが昭和の当時の原案にあったからです!異論は認めん!」

みたいな感じになってくる(ちょっと強引だけど…!)そして今回の『超スーパーヒーロー大戦(以下、『超大戦』)』は…
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ファン「何でこんな映画作ったの?」

白倉P「超スーパーヒーローイヤーだからです!異論は認めん!」

ってことになるのかな?(笑)『仮面ライダー』も『スーパー戦隊』も個性の塊である。それを如何に繋げられるかが勝負の一つなのだが、これを白倉伸一郎は圧倒的力業でゴリ押したのだ。それ故かは知らないが、これまでの大戦映画は軒並評判が悪い。にも関わらず大戦映画が続いてく理由はもしかすると仮面ライダースーパー戦隊を"スーパーヒーロー"という括りにカタログ化したくてやっているのかも知れない。…いや、只売れるからってだけかも知れないけどね?(笑)そんな大戦映画の最新作となる今作品、『超大戦』はどうだったか?
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 今作は『仮面ライダーゲンム』でも登場したゲーム『ゼビウス』に登場する敵機が地球を襲ってくるところから物語が始まる(ていうかソウルでゲームやってたアイツって…!)地球のピンチにキュウレンジャーが立ち向かう、と言う流れだが、お気づきだろうか?ここの時点で"『キュウレンジャー』世界では地球が既に侵略されている"と言う設定がガン無視されているのだ。こんな感じで世界観が滅茶苦茶なのが『超大戦』の批判点の一つに挙がるが、そこに関しては自分は余り気にせずに観ていた。何故なら『hyper hobby ハイパーホビー』で白倉伸一郎本人が「世界観をゴリ押している」と明言したからだ。

白倉 本来は設定上異世界を扱っていなくても、番組は番組ごとに独自の世界を持ってるじゃないですか。キャラクター作品に限らず、どんなジャンルでもドラマでもドラマである限り独特の世界観があります。(中略) もともと「この地球はエグゼイドとキュウレンジャー、どっちの世界の地球なのか」っていう設定のコンフリクトが発生するんですが、そこに『ジュウオウジャー』、今回はアムちゃんがメインですが、その世界観まで合わせていくと、ジュウオウジャー』は最終回で人間社会とジューランドが渾然一体となりました、っていう終わり方だったんですよね。じゃあこの超スーパーヒーロー大戦における地球はどの地球なのっていうのが問題として発生する。今回は結果的に一番現実に近い『エグゼイド』世界に引き寄せているんだけど、『キュウレンジャー』視点からすると、これはジャークマターに征服されていない地球、それは一体いつの地球なのっていう。『ジュウオウジャー』視点からすると、これはジューランドと融合する前なのかそれとも、また分離してしまったのかっていうような、いろいろなことが矛盾として生じるんです。それをさらに理屈で解決するのではなく、ノリだけでいいから同一平面上に置くことができるか、という試みなんです。一番食い合わせが悪そうなものをあえて盛ってみたっていう。

HH それぞれの世界観がしっかりしていればしているほど難しそうです。

白倉 そうですね。真剣に考えると出来なくなる。設定上、無理っていうことになる。

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 最初から、白倉伸一郎は『エグゼイド』のバグスターウイルスが蔓延している地球と、『キュウレンジャー』のジャークマターに侵略され済の地球と、『ジュウオウジャー』のジューランドと繋がった地球の設定を作品内でどうにかこうにかするつもりなど更々無かったのだ。…というより、どうにかこうにかしようと思っても無理だったかな。まあ「それでも何とかすんのがプロだろ!」と言う人もいるだろうし気持ちも解るけどね。これが今回、白倉伸一郎が行ったゴリ押しだね。

 と言う訳で、ここを鑑賞者が知っていたかどうかでこの映画の評価は大分変わってくると思う。…まあ世の中には"設定厨"と呼ばれる人間がいてそういう人は頑なに認めなさそうだけどね(笑)でも今作品は結構良くキャラクターを料理出来ていたから例年以上に評価する人は多そう。特に現行作品である『エグゼイド』と『キュウレンジャー』のキャラクターを。…チームエグゼイド勢とか貴利矢とかその他諸々のキャラの扱いに関しては俺も擁護せん!
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 今作品で重点的にドラマが描かれたのは『エグゼイド』より、仮面ライダーブレイブ/鏡飛彩。なんかもう『超スーパーヒーロー大戦』ってより『超スーパー飛彩大戦』って感じだった。次点で『キュウレンジャー』よりヘビツカイシルバー/ナーガ・レイ。その次点でエグゼイド/永夢かな。「これ本編でやるべきネタだろ…!」って話を映画がかっさらっていったな…!飛彩の初患者とかVシネマみたいなスピンオフのネタに持ってこいだし、ナーガの涙とかキュウレンオーの二体揃い(パーツ(ボイジャー)余り無し!)とか絶対本編でやるべきやつじゃん!

 …まあ今作品はパラレル確定みたいなところあるし、そこまで影響しないかな?…でも確実にパラレルな『MOVIE大戦core』のオーズ編とか『大戦ジェネシス』ですら正史扱いされるくらいだしな…!本編でナーガが涙を取り戻して「ん?これ映画でやったやん?」みたいにならない事を切に願います。
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 そんな訳で『超スーパーヒーロー大戦』は完成披露上映会を観に行った人達に言われてた程、「こりゃあ酷い!」って作品ではなかったんじゃあないかな。取り敢えず娯楽作品としては「成功していた」とまでは言わないものの、そこそこ良い作品にはなってたと思う。映画館で一緒に観てた子供達も「また観たい」って言ってたし、楽しい映画にはなってたんじゃない?あと金田監督(特に映画の)、よく批判されるけど自分は嫌いじゃあないですよ?これからも頑張ってください。

▼カタログ化は自分には向いてない

 以下、『語ろう!555・剣・響鬼』より白倉伸一郎の談。

白倉 (中略) 仮面ライダーも夢中になって見てたと思いますよ。『V3』ぐらいまで見てて、見なくなったわけじゃないんですけど、離れるというか。見放すって言うと言葉が悪いんですけど(笑)、ライダーマンが倒されたあたりで見なくなるんですよね。

――それは他に興味がほかに移って?

白倉 というか、番組が許せなくなって(笑)。V3さんがライダーマンに「お前は仮面ライダー4号だ」とかって言い出して、カタログ化が始まるわけですよ。そのカタログ化っていうのは、ウルトラマンがすでにやってることなんですよね。『ウルトラマン』があって『キャプテンウルトラ』があって『ウルトラセブン』があるのかな。で、『帰ってきたウルトラマン』が始まるわけですけど、あれは今で言うリブート作品で、要はウルトラマンの何代目じゃなくて「あのウルトラマンが帰ってきた」みたいな概念じゃないですか、コンセプトとしては。だけどあんまりうまくいかなくなると、……何て言い方が適切かどうかわかりませんけど、別人として前のウルトラマンが出てきちゃったり、ウルトラセブンが出てきちゃったりして、のちに言う、ウルトラ兄弟ですよ、ラインナップですよっていう護送船団方式で攻めてくるわけじゃないですか。これは好きな人には好きだと思うし、そういうカタログ化戦略っていうのは全然否定するものじゃないんだけど、自分向きではないなって。ああ、こういう商売なのね、そういう売り方なのってのが見えちゃって。

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 『ディケイド』は平成ライダーが10周年と言う事で、『キバ』の次作品が本当は『W』だった予定をわざわざ変えてまで放送された、と言う話は有名だが、白倉伸一郎が嫌っていたカタログ化を『ディケイド』でやってしまったと言うのは何ともだね。まあ、本当にカタログ化が嫌いだったのかどうかは知らない。適当に言っただけかも知れないしな!ほら、同じ本でも井上敏樹がこう言ってるし!

井上 あいつの言ってることはね、あとづけ、あとづけ、全部(笑)。(中略) 信用しないほうがいいよ、全部あとで考えてるんだから(笑)あいつはその場その場で、気に食うか気に食わないかで生きてるんだよ。絶対に間違いない。

 

ではこれにて。